トワイライトティーカップ


ところで昨日ふっと思い出したのだけれど、君が失った荷物はどこへ行ってしまったのだろうね。確かあの鞄の中には4脚のティーカップのセットが丁寧に詰め込まれていたはずだ。ティーカップは1950年代頃にアメリカで普通に使われていた物なのだけれど、なぜが近頃、結構もてはやされているらしくて、君はずいぶん気に入っていたね。例のアンティークショップで物色したのは結構いい思い出だった。
それが飛行機に手荷物で乗せて消えてしまったらしいね。どこかにあるとは思うのだけれど。でも考えて見ると飛行機の荷物が消える可能性はいくらもあると思うよ。だって誰かが間違えて持って行けば、それでおしまいだし手荷物だから登録されているわけでもない。
それより問題なのは空を飛ぶものとティーカップに何か秘密の関係があるかもしれない、と言う事だ。これはちょっとやそっとで語ることができない。なぜなら飛行機は空を飛ぶ、そしてティーカップティーを入れる器だ。もちろん空を飛ぶことなんてできるわけがない。でもそれを合体して考えて見るのも一つの手だ。例えば飛行機の背中の部分に大きな銭湯ぐらいの湯船が付いていて、飛行機全体がティーカップになっている。乗客はそのティー湯船に浸かりながら「あーいい湯加減だ」などと言って、お茶を飲む。湯船からの景色は絶景だ。もちろん空を飛んでいるので、エアーポケットに入ると素っ裸で放り出されてしまう危険もあるけど。でもまぁーそれぐらいはご愛嬌だ。なんなら裸でスカイダイビングもできる。きっと最高の気分が味わえるぜ。頭にタオルをのせて洗面器片手にスカイダイビングなんてちょっとやそっとでできる事じゃない。あーそうそう。例の秘密の関係に関する事だった。
つまり僕が言いたいのはこういうことなんだ。例えば、ティーカップはイギリスなんかでは3時になると使われる。ティーブレークというやつだ。確か君が某空港を出発したのが朝6時、最初の目的地に到着したのが8時だとする。乗り換えで次の目的地へ向かう飛行機に乗る手はずだった。しかし何かの手違いで飛行スケジュールが変わる。そうこうしているうちに時間がどんどん過ぎてゆく。そして君はその鞄がないことに気づく。そうちょうど午後3時ちょっと前だ。カウンターの係りの人に聞いてもおそらくその時はティータイムだ。なんと言うかちょっと間が悪かったんだな。ちょっとしたタイミングのズレだ。

つまり僕が言いたい秘密ってのはその事なんだ。よくあるだろ。あの時あの場所で、あのタイミングでいれば、なんとかなったかもしれない、とか。ちょっとした時空のエアーポケットとでも言えば良いのか、ちょっとSFっぽいんだけど、でも思いあたる節が誰にでもあると思うんだ。何かがうまく行くときと行かない時、流れの様なものもあるし。だからそんなにがっかりすることはないと思うよ。きっと今度は、それを意識的に変えてみるとその鞄が形を変えて思わぬところでひょこっと出てくる。それがいつどこでかはわからないけどね。
でもこれがきっとあのときのティーカップだって思える時が来ると思うよ。シンクロニシティーていうやつかも。今度そう言う状況に出くわした時には、何を変えるのかはわからないんだけど、自分の中にある何かに託して見るんだよ。雲をつかむような話でよく分からないだろうけど。つまり普通日常の中で自分がやっていることをちょっと変えてみるのさ。すると、ふっといつもと違う何かがやって来たりすることがあるんだよね。